カテゴリー別アーカイブ: DJ/音楽

え、マジ?

さて、4月に参加するクリスチャン・デス北米ツアーの内容が徐々に明らかになってきました。

メインイベントは何と言ってもコレになるでしょう。ラインナップ見てさすがに驚きました。これ自分が出演しなくてもけっこうな事件だよね。80年代ポストパンク界隈では近年で一番大きなニュースだと思います。ぶっちゃけ、よくもまあ実現したなあとプロモーターの手腕に素直に感心してしまいます。

中でも特筆すべきはPUBLIC IMAGE LTDの参加。何と言っても僕が「ロマンス」なのはP.I.Lの「Flowers of Romance」がルーツなんでね。原点の中の原点。自分が同じイベントに出演することになるなんて、はるかに想像を超えております。人生は本当に何が起こるかわかりません。

開催は5月2日(土)ロサンゼルス。ゴールデンウイークなんでね。お休みとってぜひ応援しに来てください。詳細はイベントのオフィシャルサイトにて

追記:同フェスのチケットは発売開始から即日完売したそうです。

ジョジョ・ラビット:注/ネタバレあり

映画「ジョジョ・ラビット」を観ました。まず、この映画は前情報なしに観た方がよい作品と思うので、もしまだご覧になってなくて、観ようかなと思っている方はこの先はお読みにならないことをお勧めします。有名人のコメントとか映画のレビュー記事とか何も知らずに観た方がよい。

それを踏まえて、劇場に行こうかどうしようか迷っている人には自信を持って足を運ばれることをお勧めいたします。

さて、ここから先は観られた方と感動を共有したく、感想を少し。まず僕はこれを「戦争映画」だと思いました。

僕はもう戦争映画観たくないんだよね。プラトーンとかランボーとかあの頃は平気だったんですけどね。1965年の日本に生まれて育って、戦争というのはどこか遠くの国の話で自分とは関係ない。非現実的な事象だと考えていたのだと思います。年を重ねるごとにだんだん人ごとじゃないってことがわかってきてね。人と人が殺しあってるの見るのも普通に嫌だし、アメリカの戦争映画なんかはナショナリズム育てるためのプロパガンダみたいにも感じるしね。

なので随分と長い間、意図的に戦争モノから遠ざかっていた。

でも、やっぱり観なきゃいけないんですよね。世の中には目をそらしてはいけない物事がある。ナチスドイツのユダヤ人迫害なんかね。もう見たくも知りたくもないんですよ。できればすべてなかったことにして忘れ去ってしまいたい。でも、それじゃいけないんだと思います。そしてそれがそのままこの映画の製作者のメッセージだと僕は感じました。

本当はもっと戦争の悲惨さをガチで訴えたかったんじゃないのかな。だけどそんなもの、誰も見たがらない。だから敢えてコメディー映画のセオリーを取り入れた。ナチスがテーマらしいけどコメディーなら観てもいいか。つって劇場を訪れた観客、すごく多いんじゃないかと思います。実際、僕の隣の席の人なんかも笑う気満々で来てて、冒頭のたいしてそこまでおかしくもないところで大声で笑ってみたりして(ちょっとウザかったです。)、途中で笑えなくなって、帰りは静かになってましたけどね。

なので、「やられた!」というのが、感想です。

そしてもうひとつは、やはり「音楽の力」ですね。あれはズルいと言うか、今、思い出しただけでも涙が出てきそうになります。

僕は実はデヴィッドボウイの音楽があまり好きではないんです。僕のまわりの音楽好き人間の間では概ね「デヴィッドボウイは偉大だ素晴らしい!ハイルヒトラー!」みたいなことになっていて、まあ僕もそんなことで迫害されてもしょうがないから黙ってるんですけど、正直デヴィッドボウイの音楽が何でそこまで評価されるのかよくわからない。

だけども今回、なるほど、彼の音楽はこういう風に人の胸の中を突くんだなというのがわかって、みなさんの気持ちが少し理解できたような気がしました。

話はそれますけど、嫌いな音楽がはっきりしているというのはDJとしてはよいことだと思っています。違いがわかってるってことだからね。逆に「音楽は何でも好き」みたいな人の言うことはどうも信用できないよなあ。

映画っていいなあ。

告白

セルフオーガナイズができてない。というと何だかちょっとかっこいい感じがするけれど、つまりはうっかり者、不注意な人間である。きのうは車の鍵を落とし、最近ではシャンプーを洗い流すのを忘れてそのままサウナに入るという小さな事件を起こした。もしかして痴呆症なのではないかと不安になることもあるが、不注意は子供の頃からなので、そうだとしても老人性というわけではないと思う。普通の痴呆である。

そんなわけだからモノをよく無くす。最近は痴呆に健忘が加わり、無くしたことも忘れてしまったりして手に負えない。モノは所詮モノ、しょうがない。と執着せずに諦めることにしているが、どうしても忘れられないものもある。

師エスケンに帽子をプレゼントしてもらったことがある。南アメリカのどこかの国からの輸入品だと聞いたが、存在感からしてそうとう高価なものだと思う。エレガントなベルベットの太巻きリボン、頭に吸い付くようにぴったりなサイズ、肌触りのよいマテリアル、美しいシルエット。本当にお気に入りで、DJする時は必ず被ってトレードマークになっていた。

エスケンさんも「上げた帽子を被ってくれて嬉しいもんだねえ。」なんて、まるで孫に誕生プレゼント上げたおじいちゃんみたいになって喜んでくれて幸せだった。

帽子は好きでたぶん100以上持っているが、本当に気に入るものには滅多に出会えない。というか、出会ったことがない。もしかしたら、一生にひとつ、見つかるかどうかぐらいの確率かも知れない。つまり人生とは「正しい帽子を探す旅」であると言い換えることができるわけだ。

私は師に導かれその使命を果たすことができた運の良い人間である。エスケンさんのことを無意識に(そして勝手に)「師」と呼んでいたが、ちゃんと筋が通っていたのだ。

文脈から想像するに容易いと思うが、その通り。よりによってその帽子を無くしたのである。気がついたら消えていた。どこでどう無くしたのか全く検討がつかない。まだ酒を飲んでいた頃の話だが、暴漢に襲われて身包み剥がれたとしても帽子だけは守ったと思う。羽が生えてどこかに飛んでいったとしか思えない。

実は紛失についてエスケンさんには何も伝えていない。言えるわけがない。でもたぶん、マックロマンスは最近あの帽子を被ってないなあぐらいのことは何度か思っているに違いない。心が痛い。エスケンさんがこのブログを読んでいるとは到底思えないが、もしかして誰かから伝わって目にすることがあるかも知れない。面と向かってはとても告白できないので、ここに謹んで謝罪の意を表明する。って偉そうだな。本当にごめんなさい。

帽子の紛失からもう3年、もしかしたら5年ぐらいになるが、あの帽子が頭に乗っかっている時の興奮感は忘れない。身に着けるものは人にパワーを与えるし、奪い取りもする。人が服を作るのではない。服が人を作るのである。

Photo by Noah Suzuki

初老パンク、今度はアメリカを征く

ツイッターやフェイスブックなどでちょくちょく見かける「情報解禁」という言葉がある。ライブイベントなどの案内をお知らせする際にアーティストたちがよく使う。まあこう言っちゃ何だけど売れてない奴ほど使いたがる。

情報の開示をもったいぶるのであれば「解禁」される情報もそれなりでなくてはならない。シロートのライブ情報なんぞ、誰も期待してないのにわざわざ勿体ぶる様子は滑稽で、やめればいいのにと思う。思うが、気持ちはわからんでもない。

昨年のヨーロッパツアーに続いて、この春、古巣のゴスバンド、クリスチャン・デスの北米ツアーに参加することが決定した。例によっておそらく何の話題にもなるまいが、自分的にはまあまあ大きなニュースなのでここに記しておく。

前回はほとんど記録を残さず、すでに自分の記憶からも消えつつある。ちょっと勿体無い気がする。今回は「ツアー日記」のようなものを記しておこうと思っている。このブログを使うか、ツイッターなどのSNSにするか、オフラインのメモ書きとかにするか、ちょっと迷っている。

写真はヨーロッパツアーでのひとコマ。35年前のデビューの地=ロンドンはカムデンのクラブの前にて。撮影はロンドン在中の日本人フォトグラファーSHU TOMIOKAさん。

追記:いろいろ考えてKOTA(私の海外でのDJネーム)のツイッターを今回のツアーの記録用に使うことにした。もともと備忘録用に特に告知もせずに使用していたアカウントで、ほとんどフォロワもいない。

DJ情報

MACROMANCE / MUSIC IN THE FOOD

2月4日(火)19:00-23:00h @CAY 入場無料

CUT UP & REMIX

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そういうことはやらない方がいいよと言われたが、googleに「マックロマンス」と打ち込んで検索してみた。(暇なのだ。)ディスりも含めて、たいして目ぼしい情報は得られず、自分の社会への影響力の低さ(ほとんどゼロ)を再確認することになり、別の意味で少し気分が落ちる結果となった。

しかし収穫も全くなかったわけではなく、削除していたと思っていた過去のブログ記事を発見。いくつか目を通してみたが、なかなか良いリズムの文章で、読ませる。少なくとも文章を書く能力については、今よりもその当時(15年ぐらい前だろうか)の方がずっと高いように思った。つまり私は退化しているわけだ。

ただし、文章の内容についてはいただけない。社会や政治について辛めの意見を突きつけるものが多いのだが、本当にそう思って書いているのかあやしいのである。盗作とまではいかないまでも、他人が書いたものを読んで、それを自分の文章に書き換えて、あたかも自分のものであるかのごとく表現しているのがわかる。他人にはバレないかも知れないが、書いた張本人にはわかる。

何だ、今やってることと同じじゃんね。サブジェクトは文章から音楽にかわったが、現在自分がやっているCUT UP & REMIX、”他人の曲をサンプリングしてリミックスし新しい曲に作りかえる”と全く同じである。私はそういうことが得意、うむ、少なくとも好きであるようだ。

そんなことを考えながら、朝っぱらから雑誌をやぶったりコピーしたり、CUT UP & REMIXは題材を特定しない。理論もいらない。オリジナリティーなんて概念を否定するところからスタートする。私はそれを「自由」と呼ぶ。

2020年も青山からスタート

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2020年もDJはホームのCAYでスタート(1月7日火曜日よる7時〜)です。4時間ノンストップミュージック。もちろんアナログレコードオンリーです。