沼津トライアスロン駅伝大会。今年も昨年と同じメンバーで参戦。毎回たいした練習もしないで参加しているが、今年は直前に体調不良を起こしたこともあって、前準備はほとんどナシ。それでは不安すぎると思い、大会開催3日前にジョギングを10キロと水泳を1000メートル、2日前に自転車で20キロぐらい走ってみたところ、あまりの疲れ具合にかえって不安が強くなるという結果。
まあトライアスロンと言っても距離は超スプリント(スイム500m/バイク20km/ラン5km)。ムチャをしなければ完走ぐらいはできるはず。しかし途中で色気が出てバイクでロックンロールが始まったら、最後まで持たないかも知れない。あと心配なのは海のコンディション。
いずれにしても今回のテーマは「完走」。何がなんでも完走。なるべく体力を使わずにスイムから上がり、サイクリングのようなゆったりムードでバイクを終え、ランの後半でもし体力に余裕があったら上げてみる。バイクでちょっと調子がいい感じがしたとしても、絶対に乗っかってはいけない。
本番の5日間ぐらい前から禁酒。かえって睡眠がうまくいかないなどのマイナス効果もあったが、当日をシラフで迎えられたのはよかったと思う。
チームメイトの小山さん、ヒデくんとは深夜のスーパー銭湯で落ち合うことになっていた。24時間営業していて仮眠スペースが設けられている。混雑が予想されるので早めに入って、できれば日付変更線前には眠ってしまいたい。渋滞などを考慮して午後に東京を出たところ夕方5時に到着した。早すぎだ。
ひとまず、銭湯から駐車場までのルートを確認、会場も視察する。沼津千本浜にはこれまで10回近く来たが、こんなに風が強いのは初めてだ。台風の影響だろうか波もざわついている。
夕方5時。漁港に行ってみたら、いくつかの食堂が営業をしている模様。昼には人があふれて、あちこちに列ができるが、この時間帯は有名店でさえ客の姿はまばらだ。古くて小さく、少々みすぼらしい外観の食堂を見つけて入店。
刺身の盛り合わせと桜海老のかき揚げ、どんぶり飯2杯をペロリとたいらげ、もういちど駐車場ルートの確認に車を走らせる。途中少し迷ったりもする。映画を観るぐらいの時間があると思っていたが気がつけば夜。
8時。スーパー銭湯に入店。ヒデくんと彼の家族と合流。風呂を浴びて汗を流して9時半。腹には先ほどの食事が残っていたが、ここでもう1食入れておきたい。食堂のメニューを睨み、鯛茶漬けを注文するも結局完食できず。
11時。仮眠スペースで夜のニュース番組などを見ながら睡眠を試みる。まどろみながら12時をむかえる。ハッピーバースデーオレ。
仮眠スペースはまるでいびきの合唱合戦。おじさんは何でこんなにいびきをかかなくてはならないのか?そういう僕もおじさんで、寝るときっといびきをかくのだろう。おじさん。不毛な生き物。世の中には何でこんなにたくさんのおじさんがいるのだろう?戦争を始めるのはいつもおじさんだ。凶悪犯罪の多くはおじさんによってもたらされる。おじさんはトイレの便器の枠内に自分の小便をおさめることすらできない。こぼれた小便を一体誰が掃除していると思っているのだ?想像してみよう。おじさんのいない世界を。戦争も犯罪もない平和でトイレがきれいな美しいユートピアを。などと考えているうちにいつしか眠りの中にいた。浅い眠りだった。
アラームは4時にセットしていた。3分ぐらい前に目が覚め、4時15分にセットしなおしてまた寝た。また3分ぐらい前に目が覚めてこんどはしっかり起きて朝風呂を浴びた。朝食にうどんかそばのようなものがあればよいと思っていたが、あいにく食堂はクローズしていた。
5時。小山さんが起きてきた。おはよう。続いてヒデくんも。おはよう。そして彼の奥さんと子供たちも。おはよう。おはよう。建物の外に出ると、くさやの干物を焼くにおいが漂っていた。人が寝ている早朝にまとめて焼くのだろうか。けっこうな量のにおいだった。
セブンイレブンで朝食とコーヒーを入手して会場に向かった。コンビニ食は食さない主義だが背に腹はかえられぬ。きのう練習していたおかげで、無事に辿り着くことができた。雲が多いせいか気温はそこまで高くなく風も波もない。レースコンディションは悪くなさそうだった。雲の切れ間から鉛色に輝く富士山の姿が見えた。続々と選手たちが集まってくる。ピカピカに磨かれた色とりどりの自転車たち。まるで自転車の品評会だ。時代遅れの僕の自転車がよりいっそうみすぼらしく見えたが、まあ誰もそんなことは気にしちゃいない。トライアスリートは他人のことなんて何も気にしない、興味があるのは自分だけなんだ。
スタート時間の少し前になって、スイム中止のアナウンスが流れた。波は強くないが潮の流れが速いらしい。これは水泳が得意な選手にとっては残念なお知らせだ。逆にランナー上がりの選手は喜んだかも知れない。どの選手も3種目の中で得意不得意な分野がある。トライアスロンの面白いところだと思う。
結局、レースはラン+バイクの変則ルールで行なわれることになった。第一走者がラン5k+バイク20k+ラン5kのデュアスロン。第二、三走者がバイク20k+ラン5k。ちなみに僕は第三走者。スイムがなくなったことによって、僕も作戦の変更を余儀なくされる。すなわち、バイクで飛ばしても最後まで体力が持つかも知れないという淡い期待だ。
スタートの号砲が鳴り、選手たちがコースに飛び出して行く。突然の変更にもかかわらず主催者たちに混乱はない。いろいろなシチュエーションを想定してプランを組み立てていたのだろう。よくオーガナイズされた運営システムだ。気温は30度ちょいあたりか。きのうまでの狂った暑さを思えば涼しいとすら感じる温度だ。
多くの選手がオーバーペース、最初っから飛ばしすぎているように僕には感じられた。走る選手たちが頭の中で何を考えているかはわからない。
僕の出番まで、まだ時間はたっぷりある。僕はしばし写真撮影に思考を集中する。で、カメラが壊れる。何もしていないのに。僕の所有する機械類はたいてい大事な時に壊れる。宿命みたいなもんだ。
第一走者の小山さんから第二走者のヒデくんへたすきが手渡される。僕たちおじさんチームの目標は順位でもなく、タイムでもなく、とにかく完走すること。でも、もうひとつ、欲を言えば「たすき」をつなぎたい。レースにはタイムリミットが設定されていて、指定の時間までにたすきを繋げない場合、第三走者はくりあげの一斉スタートとなってしまう。レース結果は3人の合計タイムで表記されるため、たすきを繋げなくても全員が完走すれば、しっかりフィニッシャー扱いになるのだけれど、やはり駅伝というからには、手から手へたすきを繋げたい。(*注:実際は「たすき」ではなく計測チップの入ったアンクルバンド。マジックテープで足首に固定する。)
僕はたすきの中継地点にいる。頭にヘルメット、足にランニングシューズと奇妙な格好だ。スイムがないからヘルメットは最初からかぶっておいた方が手間が省ける。中継地点からトランジットエリアまで日に焼けた石ころの上を走らなければならない。通常は素足だが、スイムがないならランニングシューズを履いておいた方がよいと判断した。
タイムリミットまで約5分。ヒデくんの姿はまだ見えない。僕はまだ今日のプランを決めかねていた。風が出はじめていた。バイクコースは海沿いを10km行って戻ってくる極めてシンプルな設定。コンクリの路面が粗いが、ほぼ直線でアップダウンもなく走りやすいと言えば走りやすい。そしてもちろん海風の影響をもろに受ける。
風。バイクの行きは向かい風になる。この風と戦うのはやめようと僕は思った。前半は軽いギアで回してマイペースを保つ。もし抜かれても我慢する。前の選手を追いかけない。とにかくマイペースを保つことを意識する。折り返したら追い風に乗る。ギアを上げて強く踏み込む。最初は少し余力を残し、徐々にスピードを上げていく。18km地点でスピードがピークになるようにもっていく。残り1kmになったら呼吸を整えトランジションのことを考える。ランに入ったらあとは全力でいくだけだ。
タイムリミットまであと2分。第三走者たちに個別のタイムを計測するためのアンクルバンドが手渡される。スタッフがハンドマイクで帰ってくる選手のゼッケンナンバーを読み上げている。タイムリミットまであと1分。ヒデくんの姿は見えない。ランコースは堤防の内側、松林の中のくねくね道を2周回し、最後は堤防の外、つまり海岸の砂利の上を走ってビーチサイドでフィニッシュする。堤防の上に選手の姿が見えると、スタッフがゼッケンナンバーを読み上げる。「今の時点で選手が見えないチームはくりあげスタートのアンクルバンドを受けとって下さい。」スタッフが無情なアナウンスを僕たちに伝える。僕は無言でアンクルバンドを受けとる。
「来た!」自分のレースを終えてサポートに回っている小山さんが叫ぶ。「ヒデくん走れ!!」思わず声が出る。堤防を下る階段をヒデくんが懸命に走る。僕は受けとったばかりのアンクルバンドをスタッフに返す。これは必要ありません。
タイムリミットまで20秒。ヒデくんがコーナーでよろめく。タイムリミットまで10秒9、8、7、6、
僕はヒデくんから受けとったタスキを足首に装着し、いきおいよくコースに飛び出していく。後方でくりあげ一斉スタートを告げる号砲が鳴る。
中継ポイントからトランジションエリアまで200メートルぐらいあろうか。自分のバイクラックまでたどりついた時、すでに僕の息は上がっていた。ドラマティックなバトンタッチの場面に完全に頭に血がのぼってしまい、ここまで全力で走ってしまったのだ。他のスポーツもそうかも知れないが、トライアスロンに最も重要なエレメントは体力でも根性でもない、「冷静さ」だ。感情をコントロールできない者は勝てない。ライバルにも勝てないし、自分にも勝てない。
で、最初から冷静さを欠いてしまったわけである。アホである。
スイムからバイクへのトランジットには正しい順番がある。(バイクのギアは軽いところに入れておく。などの準備もあるがそれらはここでは端折る。)スイムから上がったらまずゴーグルをおでこに上げる。ここでゴーグルを外してしまうと片方の手が使えなくなってしまう。走りながら背中のジッパーを外し、腰の部分までウェットスーツをずりおろす。この時点でキャップを脱ぎ、ゴーグルを外す。バイクラックに着いたら、キャップとゴーグルを放り投げながら、用意しておいたタオルの上で足の力でウェットスーツを脱ぎさる。(タオルの上でバタバタやることで同時に足についた水や砂を落とせる。)サングラスをかけ、ヘルメットをかぶる。この順番を間違えてはいけない。バイクシューズをあらかじめペダルにつけておいて(スキーのビンディングと同じ構造)コースに出てスピードに乗ってからシューズを履く選手が多いが、僕はこれでいちどスタート時にバイクシューズを落とした経験がある。シューズを履いてからコースに出ることにしている。
ロードレーサーのビンディングシューズはLOOK社が最大シェアを誇っている。ペダルを回すには最適だが、ビンディングのパーツが靴底にくっついているので極めて歩きにくい。僕はマウンテンバイク用のSPDのシステムを使っている。マウンテンバイクのシューズは荒れ地を歩けるようにゴム製のすべり止めがついておりビンディングのパーツが靴底に埋もれているため、普通のシューズのように歩ける。もちろん軽さやスピード面ではLOOKの方が上だが、今回のようなスプリントタイプのレースでは、ストレスなく自転車を押しながら走れる方が総合的に判断すれば有効と僕は思っている。
長くなってすまない。ここまでのトランジット哲学がありながら、最初から冷静さを欠いてしまったわけだ。しかも今回はスイムがない。キャップもなければゴーグルも、ウェットスーツも何もない。サングラスもヘルメットも最初から装着している。なのに冷静さを欠いたわけである。アホである。
バイクラックの前で僕は靴ひもと格闘していた。すなわち、冷静さを欠いた状態でシューズを脱ごうとした際にあろうことか靴ひもを固結びにしてしまったのである。今は便利な靴ひもが出ていて、結ばなくても紐の具合を調整できるようになっている。僕はこれがどうも気にくわない。靴ひもはしっかり結びたいのだわ。うむ。そのかわり僕は高速で紐を結ぶことができる。しかしその特技も最初から紐が固結びになってる場合には全く機能しない。
焦った状態で紐を解くのはなかなか困難だ。このまま放っておいてバイクから帰ってきたときに紐のことを考えよう。という気持ちが一瞬よぎったが、かろうじて残っていた僕の平常心がそれを否定する。運のよいことにほんの数十秒前まで上がっていた心拍数がいつのまにか正常値に近くなっている。これはまさしくキックボクシング効果であろう。心拍数の下降に比例して僕は冷静さを取り戻していく。
ランニングシューズの紐を解き、バイクシューズに履き替え、落ち着いてコースに飛び出していく。もたもたしているうちに2人ぐらいに抜かれただろうか。
思ったとおり、バイクの往路は向かい風だった。もっと強いかと思ったがそうでもなかった。口を閉じたまま息ができるレベルにスピードをセットする。2人の選手に抜かれる。市民トライアスロンのレース、バイクパートで他の選手にこんなに簡単に抜かれた経験はあまりない。しょうがない。練習してないんだから。歳のせいにはしたくない。いずれにしても今は彼らを追いかける時ではない。彼らのゼッケンナンバーをしっかり記憶する。後で抜いてやるからな。
往路で落ちてきた選手をひとり抜いた。曇り空とはいえ気温はかなり高くなっていた。3kmにいちど給水をとることにした。復路に入ったら予定通りギアを上げた。メーターを見ながら次第にスピードを上げていった。何人かの選手を抜いたが先ほど抜かれた選手らはるか彼方、背中さえ見えなかった。15kmをすぎても心拍にも足にも余裕があった。失敗したかな。と僕は思いはじめていた。前半もっと行けたかも知れない。
予定通り19kmをやりすごし、残り200メートルあたりでシューズを脱ぎはじめた。左足を抜く時にシューズが外れたが、とっさに手が出て落とさずにすんだ。しかし手に持ったままゴールするわけにはいかない。しょうがないからシューズを口にくわえ、バイクパートをフィニッシュした。
ここから後のプランはない。全力でゴールを目指すだけだ。小山さん、ヒデくん、それからヒデくんの奥さん、子供たちの応援の声が耳に入る。「よっしゃ行ったるか!」と自分に喝を入れランコースに飛び出す。と、何じゃこりゃ。足が全く動かない。何じゃこりゃ。心臓が重い。あかん。走られへん。
すり足で歩くみたいにして、1歩、また1歩、とにかく足を前に運ぶ。息が苦しい。足が重い。後ろからヒタヒタと聞こえてくる足音。びよーん。びよーん。びよーん。びよーん。びよん、びよん、びよん、びよん、びよん、びよん、びよん。はんだらね。ちょっちくつましょ。うん、つましょつましょ。てにましますわれらのちちよ。ねがわくばみなをせいとなさしめたまえ。えーっとね。ぼくはこれ。ぼくはこれとこれ。これとこれ。なんつってね。うどんはないのか。うどんは。まずはだな。ハイール!まずはゴーグルを。お、先輩ゴーグルっすか?せ、先輩、ぼ、ぼくなまってますか?あれほれはれほれ。
「マックさん!」「マック!」
ん?マック?オレ?オレだ。オレだね。ふと沿道を見やると青山くん、それから青山くんのチームの人たちが声援を送ってくれている。いやあ、ありがたいね。ありがたい。で、折り返し地点をぐるっと回ってちょいと走ったら奥さんと娘がいた。やれ、間に合ったんだ。
そんな風にして僕らの今年のレースが終了した。順位?たぶんケツから数えて5番とかだろう。誇りにするほどではないが、嘆くこともない。僕らはちゃんとルール守ってたすきをつないでそれでゴールしたんだ。
今回のテーマ:人は全く練習をしないでも(スプリントタイプの)トライアスロンを完走できるか?
残念ながらスイムが中止になってしまったので、答えを出すことができなかった。また来年、と言いたいところだけど、練習をしないでレースに出ると大変しんどい思いをするという事実が判明したので、来年のトライアスロンは少し練習して参戦しようと思う。
結論:人は練習をしないでもバイクランのレースを完走することができる。でもあまりおすすめしない。そしておまけ。心が折れそうな時に応援の声を聞くとカラダはけっこう復活する。ということも判明した。