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褒められたい

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僕は他人から褒められる機会の少ない人間だと思う。なぜそうなのか自分ではよくわからないが、そのように生まれ、そのように育ってきた。中学校の時に市の水泳大会で2位になり、自分ではまあまあ凄いことだと思ったけれど、両親も教師も友達も誰も褒めてくれなかった。今年は海外DJツアーを敢行して、50を超えたおっさんが海外でDJデビューって自分ではまあまあ凄いと思ったが、誰にも褒められないどころか何の話題にすらならなかった。これがイナバさんだったら賞讃の嵐できっと大田区の電話回線がパンクしたことだろう。

滅多に褒められることがないので一度褒められたことはずっと忘れない。

15年くらい前に若い男性に「マックさんてすごく美味そうにメシを食いますね。」と言われて、なるほどオレにはそのような特技があったのか、と真に受け、自分が食事するところを撮影するようになった。スマホなどなかった時代の話である。20万円以上もするSONYのデジタルビデオカメラを購入し、自宅や店(僕はそのころ飲食店に従事していた。)で食べる姿を撮影した。人のお店に頼み込んでカメラを入れさせてもらったこともある。撮ったビデオをMACで編集してビデオコンテストに出場したこともある。(結果は惨憺たるものだった。)そのうちにYouTube、連動するようにスマートフォンが出てきてそこに撮影した動画をアップするようになった。全く何の話題にもなったことはないが、それから現在までずっと続いている。おそらく言った本人も忘れているような「褒め」のひと言が10年の時を経て今も僕を鼓舞し続けているのである。

褒めで持ち上がる人間というのは、だいたいにして謗りで落ち込むのが常で、僕も例外ではない。僕は基本ダメな人間なので、謗りのネタ提供にはいとまがない。これまでありとあらゆるタイプの謗りを受けながら生きてきた。謗られのエキスパートと言ってもよいかも知れない。僕のタイプの謗ラレストは「何をやっても謗られる」のが特徴で、例えば毎日のように深酒に沈んでいた頃は普通に「クズ」とか言われていたが、酒をやめたらやめたで「シラフのマックロマンスに価値はない。」とかって面と向かって言われるような次第でやるせない。

YouTubeでもこのところ否定的なコメントが目立つようになってきた。アクセス数が上がっているならば、クソリプのひとつやふたつ無視することもできようが、アクセスは減っているのにディスり系のコメントが増え続けていくのには我慢がならない。

他方、「クレームは財産だ。」という話を聞いたことがある。考えてみれば、見知らぬ誰かがアップした動画について、わざわざコメントを寄せるという行為だって、まあまあのエネルギーを要する所業である。腹が立ったにせよ、何にせよ、少なくとも動画を見て何かを感じたわけである。彼らのディスコメントの中に何かヒントがあるのではなかろうか。一度、彼らの話を真摯に聞いてみることにした。彼らは何を怒っているのだ?

答えは簡単に出た。

見たことのない人(おそらく誰も見たことないだろう。)のために簡単に説明すると、この「食べるシリーズ」は、その名の通り、僕が食事やスイーツを食べるところをiPhone撮影した(だけ)の動画である。ストーリーや演出や編集は一切なく、撮影したものをそのままYouTubeにアップしている。

食べたものがそのままタイトルになっている。例えば、きのうは天丼を食べたのでタイトルは「天丼」である。

これが良くなかった。

「天丼」のタイトルを見て、僕の動画に行き当たった人が見たいのものは「天丼」なのである。それを食う人ではない。彼らは天丼そのもの、どんぶりから上がる湯気とか、カリッと揚がったエビ天とか、甘辛いタレが衣に浸透していく様子とか、そういうものを期待してタイトルをクリックするわけだ。で、登場するのが、冴えない髭面の初老の男である。

ちなみに「食べる僕」にフォーカスを当てているので、食べている物はちゃんと映っていないことが多い。例えば天丼ならその多くはどんぶりの中に隠れているし、「シャケおにぎり」なんて場合は、中がシャケなのか梅干なのか外から見たのでは全くわからない。

例えば動画タイトルに「裸の女性」と書いてあったとして、蓋を開けてみたら裸の女性は全く映ってなくて、それを眺めてニヤニヤしている初老の男性の顔が映し出されていたとしたら、それは僕でも怒ると思うし、まあ機嫌が悪ければディスコメントのひとつでもよこすかも知れない。

そんなことに10年近くも気が付かず、全くもって申し訳ない。反省して、すぐに対応策を考えることにした。要するにタイトルを見た時点で、これが「マックさんがものを食べている」動画であることがわかるようにすれば良いのである。

「食べるマックさん」。何週間も考え抜いた末に決断した動画のタイトルである。今後、動画にはこれをかならず明記するようにした。例えば天丼を食べたとしたら、タイトルは「食べるマックさん/天丼」である。ついでにタイトルロゴも作ってみた。(こういう仕事はわりと早い。が、もちろんそれを褒められたことはない。)

これで動画へのクレーム、嫌がらせ、クソリプなどは飛躍的に激減するはずである。これを読んでマックさんのことを褒めたくなったら、ぜひYouTubeにアクセスして賞賛のコメントを投稿することをお勧めする。

虫の居所が悪い

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今日は高校生の娘が文化祭の催しに出演する予定だったが、ハンザワ王子がレコードを持って我が家に来るというので、娘の方はキャンセルして自宅で待機することにした。例によって当日の朝になって王子から体調が悪くて行けないとの連絡が入り、それならば娘の演奏を聴くことができると、自転車に乗って学校を訪れてみたところ、間違えた時間を教えられていたらしく、娘の出演するはずの催しは終わった後だった。そのまま帰るのも何だか癪なので、同じ会場でタイミング良くスタートした全く知らない他人の子供たちが演じるミュージカルを観たら、けっこう感動して泣きそうになった。しかし、自分はと言えば、ただでさえ存在が怪しい上に(単に車を運転しているだけで職務質問を受けたばかりである。)よりによって今日は真っ赤なTシャツを着用していて目立つ、まわりを見回しても夫婦や家族で和気藹々のムード、オッサンひとりの客は自分だけのようである。誰の親かもわからぬ不審者が他人の子供の演技を観て泣きだしては、騒動の原因になりかねぬ。こぼれそうになる涙をこらえてどうにか校の外に出た次第である。

こういう日は、何をやってもうまくはいかぬ。まあ自分の人生において何かがうまくいったことなんぞないが、朝のうちにズレた歯車はその日のうちには元には戻らない。映画、散髪、コーヒーブレイク、思いつきで訪れた先はすべて満杯、服屋で目に留まったパンツは試着の段階で自分に似合っていないことがわかったが、試着して似合わなかった服を「いらない」と言えない性格である。パン屋で買った菓子パン(帰路でベンチでも見つけて食べようと思ったが、座り心地の良さそうなベンチをルート上で見つけることができなかった。)と、二度と足を通すことはないであろう新品のパンツを持ち帰り、この記事を書き始めたら眠くなってきたのでちょっと遅めの昼寝をしたら、暗くなるまで寝てしまい、真っ暗な中で目が覚めた。相変わらず機嫌は良くないが、思えば生まれてこのかた機嫌が良かったことなど一度もなかったような気がする。

ところで、午前中に、書斎に山積みになっている90年代のファッションやサブカルチャーの雑誌に目が行って、ペラペラとめくり始めたらなかなか楽しくて止まらなくなった。まだ今ほどインターネットが一般に普及していなかった時代の話。デザインや編集も素晴らしいが、特に写真が面白い。懐かしいとか、ノスタルジックな感じではなくて、むしろ新しいものを初めて発見した時のような刺激を受けた。

いちおう釈明しておくと、僕とハンザワ王子の関係というのは持ちつ持たれつとでも言うべきか、約束なんかは最初からあってないようなもんで、お互いドタキャンとかで相手のことを悪く思ったりは全くしない。事実、前回は確か僕の方が当日キャンセルしちゃったと記憶している。ふたりとも気まぐれで気分屋なので、会いましょうかとなっても三度に一度ぐらいしか実現しない。他の人が介入すると面倒なことにもなるが、二人の間では自由で良い関係性だと僕は思っている。

ふむ。こうやって見返してみると、決して悪くない一日だったように見える。何をぶつくさブーたれてたのやら?

 

犬の目

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犬の目は色を識別することができず、すべてがモノトーンで見えていると聞いた。最近では、実は色が見えているという人もいて、何が本当かはわからないが、この世界の中にモノトーン(に見える)エリアがあるのは事実であるようだ。

サーフィンの帰りなどに田舎の道をドライブしていて、白黒だけで彩られた墨絵のような景色に遭遇することがある。徐々に光が失われていく物悲しい時間帯で、以前はあまり好きではなかったが、ある時期から一転してマジックアワーの、特に後半を好むようになった。暗闇の後に必ず朝が現れることを長い時間をかけて学んだのだろうと自分では思っている。思考のスピードが遅いのでモノを理解するのに時間を要するんだ。

花屋でDJさせていただく機会を得た。友人のフォトグラファーが撮影した花の写真を何となくモノトーンに加工してみたら、その美しさに息を呑んだ。犬たちの目には花がこんな風に見えているのかと思うと少し羨ましく感じる。淡い青のブルースターとか、微妙なピンクのバラとか、全てが灰色に見えてしまうのは、残念な気もするけれど。

30年ほど前に東ヨーロッパのどこかの国を訪れた時、街全体がどんよりと、建物も空も人も酒場も煙草も、何もかもがモノトーンに見えたのを記憶している。その時の自分に、後に壁が崩壊して、街に光が、色が戻ってくることを想像する力があったなら、その暗い白黒の世界をもっと美しいものとして捉えることができたかも知れない。

 

 

キダオレ日記

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今期のコムデギャルソンはオムプリュスのテーマが「ゴス」。これにレディースも連動しているようです。ゴスウェア?の定番とも言えるフィッシュネット素材のアイテムもラインナップに登場していました。

現在の僕は東京で細々とジャズDJやりながら、次の海外遠征に向けて音素材の製作を始めたところ。しばらく黒装束のゴス仕様で人前に登場することはないと思ってトレードマークだったロン毛もばっさり切ってしまいました。コムデギャルソンがこのタイミングでよりによって「ゴス」をキーワードに持ってくるというのも何かしら縁のようなものを感じてしまうけど、ほんの1歩だけ遅かった。でも、いつ着るかわかんないのを承知でフィッシュネットのワンピースとカットソー(もちろん両方ともレディース)を購入しました。ファンなんでね。

 

 

祝開店

もう10年になるんだな。長女が小学校を卒業した時にふたりでパリに行って、従業員がひとりとかふたりしかいないような小さな店がたくさんあって、これは素敵だなと思い、また自分でもお店をやってみたくなって、帰国してすぐに田園調布にパンクな絵本の店を開きました。その名はダダティーク。従業員は僕ひとり。

ひとりだと止めてくれる人がいないので、店のスタイルは思いつきのままにどんどん変容していきます。後半は友人にスペースをレンタルしたりもして、アート展、お花やパンのワークショップ、かき氷屋さんってのもあったな。それはもうカオスでした。

そこで知り合って仲良くなった友だちのことを「ダダトモ」と呼んでいます。僕は幸運なことにどの時代においても良き人たちに囲まれて生きてきましたが、その中でもダダトモには、ちょっと特別な思いがあります。同じ宇宙船に乗って旅をしたような。何が特別なのかうまく説明できないのですけどね。小学校3年生の時のクラスメートだけ今でも時々集まったりする。みたいな感じだと思います。そういうのあるよね。

うむ。そんな風にして知り合ったダダトモのひとりが、この春、町田に新しくカフェをオープンしました。美術館の前にあって、いい感じの緑と光が入ってきて、趣味の良いアンティークのソファがあって、2回はアトリエ、夢のように素敵な空間です。お店に打ち合わせに行った時に彼女とあれこれやりとりしていて、あら、訪れる側と迎える側の役割は変わったけれど、これ、何だか前と同じ感じがするよ。デジャブみたいだ。ってなりました。お店の雰囲気とか全然違うんですけどね。不思議なもんだ。

そんなわけで、明日(4月26日)のお披露目会でDJやらせていただきます。光栄なことであります。あ、開店おめでとうございます。

トラック作り開始

しばらくはクリスチャン・デスのUK/EUツアー関連の話が続きます。

さて、ツアー本番までちょうど2ヶ月です。いろんなことをやらなければならないのですけど、とにかく現場でどんなパフォーマンスをやるか決めなくてはなりません。

僕はふだんバーやカフェのような場所でジャズやノンビートの音楽を会話の後ろに静かに流す、というようなことをやっているのですが、デス・ロック・バンドのオープニングアクトとなると、やはりそれに合わせてスタイルを変更しなくてはなりません。当初、話が持ち上がった時は、現代音楽やアート系の作家の音楽を使って「静けさの中にある狂気」みたいのを表現したいと思っていたのですが、バンドの方から「ガンガン盛り上げちゃって」というまさかのオーダーが入ってしまい、東京でもやったことのないダンスチューンに手を出す羽目になってしまいました。

しかしながら、いわゆるエレクトロダンスミュージックにあまり興味を持ったことがないから何をやっていいかよくわからない。それにデス・ロックとダンスミュージックにはそもそもあまり接点がありません(あるのかもだけどよく知らない)。なので自分で作ってしまうことにしました。作ると言っても作曲するわけではありません。人の作った曲を盗んできて、切ったり貼ったりして新しい曲に生まれ変わらせるのがDJの仕事。

ドラムンベースやダブステップなどのちょっとダーク(レフトフィールドと呼ばれているらしい?)なビートをベースに、アフリカンブードゥのパーカッションを加えて厚みを作り、ディストーションギターのフレーズをサンプリングしてきてトッピング。ありそうでなかった新しい音楽が完成。こうやってみるとDJのミックスワークは料理にそっくりですね。

こんな感じのトラックを2〜30ぐらい作っておいて、それを現場でうまく繋ぎ合わせるというわけだ。1日1曲作ればひと月もかからないから、まあ余裕で間に合いそうです。

↑聴いてみてくれたかな?作品としてはちょっと完成度が低いと思うかも知れないですけど、これ、あくまで材料ですんでね。仕上げは現場でやるので、火を通しすぎないようにしています。料理と同じです。

つづく

KOTA A.K.A MACROMANCEの詳しい情報はH.Pをご覧ください。

KOTA IS BACK

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古巣のゴスバンド=クリスチャン・デスのツアーに30年ぶりに参加することになりました。経緯はバックナンバーをご覧ください。

本番まで2ヶ月しかありませんので準備をしなくてはなりません。まずは航空チケットの手配。その段階でパスポートが切れていることに気がつきます。

続いては機材。日本で使っている機材は持っていくのも大変だし、電圧の問題もあります。なので、現地で機材を買う(そしてたぶん帰国前に売り払う。)ことにします。国をまたいで数週間となるとレンタルよりは買った方がずっと安い。そして毎晩同じ機材を使えるというメリットもあります。オンラインで買って、向こうに住んでいる友人の家に置いておいてもらう手はずを整えます。

パスポートと航空チケットと機材があれば、まあ後はどうにでもなるでしょう。が、やらなくてはいけないことは山ほどある。

まずは名前を決めなくてはなりません。バンドに属していた時は「KOTA」が名称でしたので、そのままKOTAでもよい気もしたのですけど、DJとして参加するものですからやはり「MACROMANCE」は謳いたい。いくつか候補が出まして、結局シンプルに「KOTA A.K.A MACROMANCE」に落ち着きました。A.K.Aは as known asの略で、直訳すると「〜として知られる」つまり「マックロマンスとして知られているKOTA」ということになります。複数の名前を用途によって使い分けるヒップホップ系のアーティストがよく使っている手法です。

そしてアーティスト写真の撮影。バンドの方から「髭なしロン毛でよろしく」とのオーダーがありましたので、本当に久しぶりに髭を剃りました。そして30年ぶりの白塗りメイク。衣装は撮影のためにしつらえたのではなく、普段から気に入って着ているコムデギャルソンです。メイクひとつでここまで印象が変わるとは思いませんでした。

ちなみに撮影は今や湿板写真で世界的にも有名な和田高広さん。この写真の他にも今回の撮影でスーパーショットが生まれましたので、また折を見てご紹介いたします。

つづく