カテゴリー別アーカイブ: ことば、エッセイ、ポエム

存在の耐えられない薄さ

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よく割り込まれます。列に並んでいる時の話。コーヒーを買ったり、パスモのチャージをしたりなど日常生活の中でね。

急いでいる時は最初から列に並ぶようなことはしませんので、(つまり急いでないので)割り込まれたところで困ることは何もなく、「どうぞお先に」と、いつもジェントルマンの精神で順番を譲るのですが、全く問題がないかと言えばそうでもない。

割り込まれる理由のひとつに、相手が僕の「存在に気がついていない。」というのがあると思います。そういえば、電車に乗っていたり、カフェでコーヒーを飲んでいたりする時、ふと自分が透明人間になったような気持ちになることは多々あるよなあ。そこそこカラダを鍛え、オシャレに気を使い、身だしなみも整えて、そんで街に出るわけなんだけどね。中身の薄っぺらさがそのまま存在感の薄さに反映されるのでしょう。

もうひとつ。僕がそこにいることがわかってて、割り込んでくるというケース。つまり確信犯。悪いよなあ。要するにナメられているということだと思うのですけど、ここで疑問。僕ってそんなに人畜無害で気弱な善良人に見えるのかしら?

どこまで自分を客観的に見れるかは別の問題として、もし自分が他人で、コーヒーを買う列に加わろうとしているケースで、マックロマンスがその列に並んでいたら、その前に割り込むようなことは絶対にしないと思います。マックロマンスにチンピラや暴走族のような怖さは全くないけれど、行動が予測不可能というか、「この人とはあまり関わりを持たない方がよさそうだ。」と感じるのが普通の人の神経なんじゃないのかな。自分で言うのも何ですけど。

そんなわけで、1、存在感がない。あるいは2、存在をナメられている。どちらにしても少し憂鬱な気持ちにさせられる昨今の列並事情をご報告させていただきました。「だから何?」って話ですけどね。(僕の話はそういうのが多いです。英語で言うと「SO WHAT?」ね。)

写真は中央自動車道の談合坂パーキングエリアからのショット。ここでもコーヒーを買う際に二人の男女に割り込まれました。

インスタ映えしない

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海外インスタ。人の写真を見ていると自分のも見てもらいたくなるのが心情。iPhoneで撮影した日常などをアップしてみるのですけど、まあリアクションのなさに愕然としますね。無力感というか、まるで大海原に小石を放り投げてるみたいな。

「いいね」欲しさに(笑)いかにもトーキョー風な写真をアップしてみてはどうだろうかと、カメラを持って外に出てみました。

できあがった写真を眺めていて、まず、自分の写真のセンスのなさに憮然。それにさ、別に僕がわざわざ桜の写真をインスタにアップする必要性もないだろうな、と。

そんなある日、いつものようにふらふらと人のインスタ記事を流し見していたら、何となく見覚えのある写真に遭遇。

ん?こ、これは。

何と、僕がアップした写真じゃないですか。投稿はインドから、もちろん全く知らない人で、インスタでフォローしてもされてもない赤の他人です。僕の写真を(たぶんスクリーンショット撮って)一旦取り込んでから自分の作品?として普通に掲載しています。つまり確信犯的完全なる盗用。面白いことにその写真にまあまあの数の「いいね」が付いているの。僕のオリジナルバージョンは全くスルーされているというのに。

笑っちゃうね。

ま、マイペースでやっていきましょう。楽しまなきゃ。

*撮った写真を載せるところもないのでここにアップさせていただきます。(我ながら本当に何の面白みもない写真だなあ。)

HEY SONG

ヘイ!

ヘイ!

ヘイ!

ヘイ!

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アイコがリズムに合わせてタイムシャウトする。下北沢がこれにすぐさま反応し、4回目の「ヘイ!」で完全に同期する。汗に濡れた前髪の隙間から輝くアイコの目はすでにトランスして焦点はどこにもない。

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どちらかといえば地味だけど、実直で職人タイプのギタリストだと最初は思っていた。それが初ツアー=大阪のステージで何の前触れもなく暴れ出した。あの夜、BimBamBoomのフォーメーションが変わった。それまで事実上ワントップだった前田サラがアイコの爆発に驚いて苦笑いしたシーンが忘れられない。

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今やアイコはBimBamBoomのアジテータだ。

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マリーヌの身体はシャネルの赤いルージュでできている。彼女が弦を弾(はじ)くと男たちは骨が抜けたみたいにぐにゃぐにゃになって、あとはなされるがまま死ぬまで踊り続ける。裏拍にアクセントの置かれたベースがンーダ、ンダ、ンダ、ンダ、ンーダ、ンダ、ンダ、ンダ、、竜のように身をくねらせながら地を這う。

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曲は「ロックンロール」。イギリスのグラムロッカー=ゲイリーグリッター唯一のヒットソングだ。本国ではマークボランを圧倒するほどの人気を誇るグラム界のスーパースターだったが、何故か海の外では全く評価されず、日本ではその存在すらほとんど知られていない。「ヘイ!」が繰り返されるだけのリスナーをおちょくったような歌詞で、地元ではそのまま「ヘイソング」と呼ばれていた。のろいテンポのさして激しくもない曲だが、そのシャッフルは何万人もの酔っ払いの腰を捉え愛されてきた。

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それが時空を超えて今夜、下北沢に降臨した。

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キーボードのアユミが、その清楚で可憐な風貌からは想像できないような邪悪なソロを空間に押し込んでいる。「赤ずきんちゃん」のストーリーが頭をよぎる。美しい少女が表情も変えずに鼻歌を歌いながらオオカミの腹を裂き、石を詰めて湖の底に沈めるという物語だ。

鍵盤の上をはしる彼女の繊細な指先は紅く、口元にたずさえたアルカイックな微笑みは恐ろしくも美しい。

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ヘイ!

ヘイ!

ヘイ!

ヘイ!

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下北沢は母親の腹の中にいる時からこの曲を聴いていたみたいにシャウトポイントを完全に把握している。アイコがさらに追い討ちをかける。下北沢が呼応する。

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ズングダッカ、ズングダッカ、ズングダッカ、ズングダッカ、、アフリカの密教音楽を思わせるようなリズムが地下を揺らしている。山口美代子の耳にはそれはどんな風に聴こえているのだろうか?彼女の中で、もっとたくさんの音が鳴っているように見える。部族がまるごと体の中に入っていて一斉に太鼓を叩いているような。あるいは完璧なまでの静寂か。澄み切った水面に一定の間隔で落ちる水滴の音。いずれにしても導き出される答えは同じ。そう、彼女は演奏しているのではない。彼女が音楽なんだ。山口美代子がリズムなんだ。

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前田サラが脱退のニュースを聞いてファンの誰もが青ざめた。前田サラのいないBimBamBoom。前田サラ以外のサックス吹きのいるBimBamBoom 。そんなBimBamBoomは想像できなかった。

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仮にすげえサックスプレーヤーが見つかったとして、どこの誰かもわからない奴を迎え入れるなんてゴメンだね。オレたちは前田サラのいるBimBamBoomを応援してきたんだ。カマシが来たって願い下げだぜ。

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そんな思いは、コイツのブローがすべて吹き飛ばした。芸名をMisakingArrowって言うらしい。何て呼べばいいのかわからないが、とにかくあれこれKingなのは間違いない。音がデカい。態度もデカいし、スケールもデカい。アルトがテナーになったとか、そんなレベルじゃないデカい変化をバンドにもたらした。

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でも不思議だな。BimBamBoomはBimBamBoomのままだ。前からずっとこんなだったような気すらする。

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工事中の下北沢駅から電車に乗って渋谷で東横線に乗り換える。岡本太郎の爆発している芸術作品の前あたりまで来ると、少し気分がほっとする。長く東横線エリアで生活する者にとって、京王線沿線はアウエー感があってどうも落ち着かないのだ。

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渋谷駅の構内で丈の長いコートを引きずった若者たちが何人か集まっているエリアがあった。みんな何かを待っている様子だった。昔ならナンパということだろうが、そんな感じでもない。電車の中で、あれはきっと、インスタ用の写真を撮るタイミングを見計らっていたのだと気がついた。何を撮ろうとしていたのかのは知る術もない。

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頭の中ではずっとアイコがシャウトし続けていた。

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ヘイ!

ヘイ!

ヘイ!

ヘイ!

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注:「赤ずきん」の物語は筆者の空想のもので実際のストーリーとは異なります。

インスタグラム

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最近ハマっているものと言えば、恥ずかしながら「インスタグラム」です。

何をいまさら?と、言われそうだけど、これまであまりインスタの何が楽しいのかよくわかってなかったんだよね。友だちの自撮りとか、ペットとか、食べたもの、見た風景の写真がずらりと並んでいて、まあフェイスブックとそんなに景色が変わるわけでもない。たまに「いいね」と思うのは、彼らが海外旅行先で撮影した写真、あるいはプロの写真家やグライフィックデザイナーなどのクリエイティブな仕事をしている人の写真。たぶん僕は友人たちの日常生活にあまり興味がないのでしょう。

海外の作家の小説を読んだことをきっかけに、ふと、自分の所属している「ムラ」の外で何が起こっているか急速に興味を持つようになりました。海外の人たちのインスタグラムはどうなっているのか?

むむ。

というわけで、世界中のインスタグラマーが掲載する写真を狂ったように見まくっている毎日です。それぞれの作品のクオリティーの高さにも驚愕ですが、人と写真が世界中で数珠繋ぎになっていて、たぐってもたぐっても先が見えないこの感じ、興奮しちゃうねえ。

あ、僕のアカウントは自主凍結したまま、別アカウントを使っています。コアなダダヘッズはもう知っていることでしょう。

村社会

村社会(むらしゃかい)とは、集落に基づいて形成され、有力者を頂点とした序列構造を持ち、昔からの秩序を保った排他的な社会を指す。村社会にはしきたりがあり、それを破ったものには村八分などの制裁が科せられる。そこから派生して、同じような構造を持つ閉鎖的な組織や社会も村社会と呼ばれる。

これ、僕が言ったわけではありません。グーグルで「村社会」と検索するといちばん上に出てくるウィキペディアの記事をそのままコピペしたものです。

現在、わけあってフェイスブックにアクション、リアクションするのを自粛しています。

登録から8年。僕の生活はフェイスブックを中心にあったと言っても過言ではなく、これだけの期間フェイスブックを離れた(とは言えお知らせのチェックは毎日かかしていませんが)のは初めてのことです。ちょっと遠くから見ていて、ふと、フェイスブックって僕が子供の頃に住んでいた四国のヤンキーたちのコミニュティみたいだなあって気がつきました。つまり「ムラ」なわけだ。

フェイスブックを現行バージョン(あるいはインターネットバージョン)の「村社会」だと仮定すると、その中に属することで得る「気持ちよさ」「気持ち悪さ」の理由がよく理解できるような気がします。何で今まで気がつかなかったんだろう。

「情報発信ツールとして便利」というのを言い訳に、何だか気持ち悪い感じがあるのを見て見ぬふりしつつ8年間。自由だ、マイウェイだ、反体制だ、何だかんだ言っても所詮自分も「ムラ人」のひとりなんだなあと知り、とても残念な気持ちがします。ま、正体がわかったからにはもう戻ることはないと思いますけどね。

フェイスブックだけじゃなくてインスタやツイッターなどもいろいろ変更する可能性がある(と言うか実はもうすでに変換しています。)ので「隠れファン」の人たちはしっかりついてきてくださいね。地下活動(笑)情報はこのブログやホームページなどでちゃんと発信します。村社会には属したくないけれど、村の中に住んでいる人たちとの個別の繋がりを断ち切ろうとしているわけではありませんので。

しかし8年間、オレは一体何をやってたんだろう。やれやれ。

梅と命日

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母によると父が亡くなったその日は梅が満開だったそうなので、今年はずいぶん開花が遅いようです。いずれにしても父の命日と梅の花は何となくセットになって頭の中にしまわれています。

父の死は自分でも大丈夫かと思うぐらい悲しみがありませんでした。成人してからもいろんな意味で父に依存して生きてきて、普通よりも距離が近い親子の関係だったと思います。喪失感のようなものがあってしかるべきと思うのですが、何年たっても父がこの世に存在しないという事実がうまく飲み込めない感じがずっと続いています。

父に一度もいいところを見せられなかったことを認めたくないのだろうと自己分析しています。もし僕が何かひとつでも父に自慢できるようなことを成し遂げることができたら、きっとその時に、心の奥底に溜め込まれているであろう悲しみが一挙に吹き出てくるのではないか。そんな風に考えています。

さもなくば、恐ろしく心の冷たい人間というだけのことやも知れません。

 

確定申告

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確定申告終了。これが終わらないと年がスタートした気がしません。

僕の申告書にはDJをやったり文章を書いたりで「副収入」の数字が書き込まれたスペースがあります。金額こそ大きくはありませんが、僕が生きている証とでも申しましょうか、神にギリギリ(生きることを)許されているという感じがします。