カテゴリー別アーカイブ: かいもの

告白

セルフオーガナイズができてない。というと何だかちょっとかっこいい感じがするけれど、つまりはうっかり者、不注意な人間である。きのうは車の鍵を落とし、最近ではシャンプーを洗い流すのを忘れてそのままサウナに入るという小さな事件を起こした。もしかして痴呆症なのではないかと不安になることもあるが、不注意は子供の頃からなので、そうだとしても老人性というわけではないと思う。普通の痴呆である。

そんなわけだからモノをよく無くす。最近は痴呆に健忘が加わり、無くしたことも忘れてしまったりして手に負えない。モノは所詮モノ、しょうがない。と執着せずに諦めることにしているが、どうしても忘れられないものもある。

師エスケンに帽子をプレゼントしてもらったことがある。南アメリカのどこかの国からの輸入品だと聞いたが、存在感からしてそうとう高価なものだと思う。エレガントなベルベットの太巻きリボン、頭に吸い付くようにぴったりなサイズ、肌触りのよいマテリアル、美しいシルエット。本当にお気に入りで、DJする時は必ず被ってトレードマークになっていた。

エスケンさんも「上げた帽子を被ってくれて嬉しいもんだねえ。」なんて、まるで孫に誕生プレゼント上げたおじいちゃんみたいになって喜んでくれて幸せだった。

帽子は好きでたぶん100以上持っているが、本当に気に入るものには滅多に出会えない。というか、出会ったことがない。もしかしたら、一生にひとつ、見つかるかどうかぐらいの確率かも知れない。つまり人生とは「正しい帽子を探す旅」であると言い換えることができるわけだ。

私は師に導かれその使命を果たすことができた運の良い人間である。エスケンさんのことを無意識に(そして勝手に)「師」と呼んでいたが、ちゃんと筋が通っていたのだ。

文脈から想像するに容易いと思うが、その通り。よりによってその帽子を無くしたのである。気がついたら消えていた。どこでどう無くしたのか全く検討がつかない。まだ酒を飲んでいた頃の話だが、暴漢に襲われて身包み剥がれたとしても帽子だけは守ったと思う。羽が生えてどこかに飛んでいったとしか思えない。

実は紛失についてエスケンさんには何も伝えていない。言えるわけがない。でもたぶん、マックロマンスは最近あの帽子を被ってないなあぐらいのことは何度か思っているに違いない。心が痛い。エスケンさんがこのブログを読んでいるとは到底思えないが、もしかして誰かから伝わって目にすることがあるかも知れない。面と向かってはとても告白できないので、ここに謹んで謝罪の意を表明する。って偉そうだな。本当にごめんなさい。

帽子の紛失からもう3年、もしかしたら5年ぐらいになるが、あの帽子が頭に乗っかっている時の興奮感は忘れない。身に着けるものは人にパワーを与えるし、奪い取りもする。人が服を作るのではない。服が人を作るのである。

Photo by Noah Suzuki

キダオレ日記(春コート)

コート:JUNYA WATANABE MAN

パリのファッションウィークのレビュー記事を見て、このコートを手に入れたいと思った。シーズンが開けて早速、六本木ヒルズのストアを訪れたが、入荷されておらず。クルーの方が調べてくれたところ、国内には広島と丸の内、にそれぞれ一着のみの入荷だと判明した。しかも僕の適正サイズであるXSは丸の内店のみ。その足で同店を訪れ、即決で購入した。

物欲がどんどんなっていく中で、コム・デ・ギャルソンの服だけが僕を魅了し続ける。コムデに袖を通す時、僕は「愛されている」と感じる。他のブランドの服ではあまり得ることのない感覚だが、BLACKを着ても、HOMME PLUSを着ても、JUNYAを着ても、コム・デ・ギャルソンにおいては同じように愛を感じる。

それは「作り手が着る者を思う気持ち」というような売り手買い手の間に芽生える美談的な安っぽい感情ではない。もっと壮大な、言わば「神の愛」である。サーフィンをやっている時に海から愛を感じることがあるが、体感としてはそれに一番近い。

以前、どこかで同じような話をしたら、先輩で友人のハリー山下に「ブランドは売上を上げたいだけで、マックロマンスはそれにうまく乗せられてるんだよ。」と身も蓋もないコメントをもらって、少し凹んだが、まあ正論ではあると思う。他人からはきっと宗教に狂信的にのめり込む猿のように見えるのだろう。

他方、コム・デ・ギャルソンもサーフィンもなかったら、おそらく僕の生活はもっと苦悩に満ちたものになったと思う。それ(つまり安らぎである。)を提供してくれているチームに「売上」という形で貢献できるのであれば、それは本望でだ。

やれやれ、たかがコート買ったぐらいで大騒ぎしすぎだな。嬉しいのである。

キダオレ日記

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アンダーウェア:5351 POUR LES HOMMES × BETONES

個人事業主になってから毎年、一月は確定申告の書類作りと、そのプレッシャーにつぶされる。思えば人生の半分以上の一月を憂鬱な気分と共に過ごしているわけで、それを思うだけで事業なんか始めなければ良かったと悔やんでも悔やみきれない。と、のっけから愚痴でスタートした2020年。まあ、せめてパンツぐらいは新調して気分良くいきたいもんだ。

死ぬに死ねない

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DJやミュージシャンは11月がいちばん忙しい、はずなんだけど、私のスケジュール帳は年内真っ白。今年のDJも残り1本で終わりです。とは言え、もうすでに来年の準備は始まっている。今年は夢のDJ海外ツアーが実現した(こんなに話題にならないとは思っていなかった、つーか、もう少し話題にしてくれよ。50からDJはじめて海外ツアーまで漕ぎ着けれる奴は世の中に一体何人いると思ってんだ?と思うけど、まあ誰も興味ないんだからしょうがない。でも実現はしました。)ので、来年はまた別方向でこれまでやってないことにトライしようと思っています。日々修行ですわ。

最近は本当に毎週のように親戚やら知人が亡くなったニュース。自分もいつどうなるかわからんぞってことで、生命保険を見直したんだよね。遺族が受け取る死亡保険金とかが増えたわけなんだけど、今回の契約、三年内に自殺したら全てがパアになるそうで、まあ自殺なんかする気は毛頭ないのだけど、仮に死にたいと思っても死ねないわけで、本当にまあ消費税の計算はややこしいし、ライブハウスでタバコも吸えない(自分は吸わないけど)し、何だか不自由なことになってくな、この世の中は全く。

何をやるにしても予定を立てなきゃね。ってんで、2020年度もダイアリーはモレスキン。

キダオレ日記:タオル

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タオル:5351 POUR LES HOMMES

多汗症である。非常にめんどくさい。特に冬場が困る。寒さの中でも少し運動などしようものなら体の芯が燃えて汗が噴き出すのである。僕の通うキックボクシングジムがある大岡山商店街をよく歩く人なら、木枯らしが吹く真冬の夜にノースリーブに半ズボン姿で寒さにぶるぶる震えつつ噴き出す汗をタオルで拭きながら歩く僕の姿を見かけたことがあるかも知れない。

汗かきってことはつまり、体から常に蒸気を放出しているわけだ。例えばスキーに行った時、ちょっと滑っただけで発汗しゴーグルが真っ白に曇って使い物にならなくなる。もちろんゴーグルには空気孔が開けられているのだけど、これが何の役にも立たない。

僕は戦闘機のパイロットには絶対なれないだろう。ヘルメットの内部が汗で曇って前が見えないでは敵に撃ち落とされる前に墜落して終わりだ。

現在は研究も進み、多汗症にも様々な治療法があるらしい。しかしこれを受けるつもりは毛頭ない。寒かったりめんどうだったりするけれど、汗をかくのはやはり気持ちが良いのである。逆に治療で発汗を押さえ込んでしまった場合、体の中に放出できなかった汗がたまると思うと非常に気持ちが悪い。治療を受ければパイロットになれると言われても、やはり僕は汗かきのままでいたいと思う。

言いたいことは別にない。新しいショップ・ミュージックを納品に5351の代官山店に行ったら良さそうなタオルを見つけた。

*ちなみに:現在5351 POUR LES HOMMES 代官山フラッグシップショップではマックロマンスの新作DJクリスマスミックスが流れています。お買い物の際はぜひ耳を傾けてみてください。

キダオレ日記 ハット

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HAT : agnes b.

かっこ悪いこと、ダメな感じがかっこいい(あるいは許されてしまう)のがロックだと思う。ガンズ&ローゼズは全く好きなグループではないが、ボーカルの人のあのダサいダンスを見て、ああこれはロックだなと思った。敬愛するジョンライドンがステージで女の子のファンにボコられているところを見て、ああ、やっぱりロックだなあと思った。今や大作家として活躍されている町田康さんはまるでロック(彼の場合はパンクと言った方がよかろうか)を捨てたみたいにクールに変身してしまったが、遊びで始めたバンドのメンバーと方針で揉めて殴られたのだそうだ。それを警察に被害届け出したというのを聞いて、この方もロックを忘れていなかったと思った。言うまでもなく内田裕也さんはロックだったと思う。恋人と破局しそうになって「オレを捨てたらヤクザが出てくる。」とかって脅しただけでもけっこうなニュースだったが、マイウェイのBGMにのって謝罪会見に現れた時は本当にロックンロールだなあって思った。まったく反省してないじゃんね。スタイルカウンシルのポールウェラーさんなんかは何もかもが洗練されすぎていて、ちょっとロックとは言いたくない感じがする。スタンス的に似ているスティングさんは意外とダメでかっこ悪い側面があって好感が持てる。サザンオールスターのリーダーの方が「自分はロックだ」と言っていたのを聞いて全然違うよと思ったし、それが原因で彼らのことを嫌悪していたけれど、震災の時に一目散に関西方面?に逃げたという話を聞いた時に、ああなるほどこの人にもロック的な側面があるんだなと少し見直したことをおぼえている。

自分自身のことを言えば、実は僕はみなさんが想像している以上のダメ人間である。何がどうダメなのか恥ずかしくて公表できないが、ちょっと辺りを見回してみて、自分よりダメな人間はいないと自信を持って言える。今のうちからダメ録を書き留めておいて、遺言状に残しておくべきかも知れない。後で「あいつは本当にダメな奴だったよね。」「ロックだよね。」と誰かが噂してくれるかも知れない。あまりにダメすぎてロックですらないかも知れないけれど。

*文中の見聞は事実と異なる場合があります。半分ぐらいフィクションのつもりで読んでいただければ幸いです。

虫の居所が悪い

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今日は高校生の娘が文化祭の催しに出演する予定だったが、ハンザワ王子がレコードを持って我が家に来るというので、娘の方はキャンセルして自宅で待機することにした。例によって当日の朝になって王子から体調が悪くて行けないとの連絡が入り、それならば娘の演奏を聴くことができると、自転車に乗って学校を訪れてみたところ、間違えた時間を教えられていたらしく、娘の出演するはずの催しは終わった後だった。そのまま帰るのも何だか癪なので、同じ会場でタイミング良くスタートした全く知らない他人の子供たちが演じるミュージカルを観たら、けっこう感動して泣きそうになった。しかし、自分はと言えば、ただでさえ存在が怪しい上に(単に車を運転しているだけで職務質問を受けたばかりである。)よりによって今日は真っ赤なTシャツを着用していて目立つ、まわりを見回しても夫婦や家族で和気藹々のムード、オッサンひとりの客は自分だけのようである。誰の親かもわからぬ不審者が他人の子供の演技を観て泣きだしては、騒動の原因になりかねぬ。こぼれそうになる涙をこらえてどうにか校の外に出た次第である。

こういう日は、何をやってもうまくはいかぬ。まあ自分の人生において何かがうまくいったことなんぞないが、朝のうちにズレた歯車はその日のうちには元には戻らない。映画、散髪、コーヒーブレイク、思いつきで訪れた先はすべて満杯、服屋で目に留まったパンツは試着の段階で自分に似合っていないことがわかったが、試着して似合わなかった服を「いらない」と言えない性格である。パン屋で買った菓子パン(帰路でベンチでも見つけて食べようと思ったが、座り心地の良さそうなベンチをルート上で見つけることができなかった。)と、二度と足を通すことはないであろう新品のパンツを持ち帰り、この記事を書き始めたら眠くなってきたのでちょっと遅めの昼寝をしたら、暗くなるまで寝てしまい、真っ暗な中で目が覚めた。相変わらず機嫌は良くないが、思えば生まれてこのかた機嫌が良かったことなど一度もなかったような気がする。

ところで、午前中に、書斎に山積みになっている90年代のファッションやサブカルチャーの雑誌に目が行って、ペラペラとめくり始めたらなかなか楽しくて止まらなくなった。まだ今ほどインターネットが一般に普及していなかった時代の話。デザインや編集も素晴らしいが、特に写真が面白い。懐かしいとか、ノスタルジックな感じではなくて、むしろ新しいものを初めて発見した時のような刺激を受けた。

いちおう釈明しておくと、僕とハンザワ王子の関係というのは持ちつ持たれつとでも言うべきか、約束なんかは最初からあってないようなもんで、お互いドタキャンとかで相手のことを悪く思ったりは全くしない。事実、前回は確か僕の方が当日キャンセルしちゃったと記憶している。ふたりとも気まぐれで気分屋なので、会いましょうかとなっても三度に一度ぐらいしか実現しない。他の人が介入すると面倒なことにもなるが、二人の間では自由で良い関係性だと僕は思っている。

ふむ。こうやって見返してみると、決して悪くない一日だったように見える。何をぶつくさブーたれてたのやら?