車と皿

車に乗る機会が増えた。こういうのはクセみたいなもんで、前なら自転車で行っていたような近場まで、わざわざ車を出す始末。毎日仕事もせずに家にいて暇そうに見えるらしく、家族を送迎する回数も以前よりもずっと増えた。

都会を車を利用して良いことは雨にぬれないことぐらいで、それ以外は煩しいことのオンパレードである。信号は多く、道はどこも渋滞している。マナーの悪いドライバーの粗暴な運転、意味不明なクラクション、すり抜け自転車の幅寄せ、、。例をあげればキリがない。

駐車場はどこも満杯でやっとの思いで駐車したら、今度は信じられないような高額の料金である。

デパートなどの施設に車を停めた際、駐車料金をまともに支払うか、施設で買い物をして割引を受けるか、どちらがよいかは議論が分かれるところだと思う。モノが増えることを好ましくないとするトレンドにおいては、潔く高額な料金を支払った方が健全なライフスタイルを築けるような気もする。僕のような貧乏性の人間は、同じ金をを払うならモノが残った方がよいと考えてしまう。最も前者においては車を所有すること、あるいは車を利用することそのものをクールなこととは捉えないだろうから、そもそもこの二択は議論の種にならないかも知れない。

娘を渋谷まで送迎して、1時間ほど待機することになった。あてもなく駅周辺をぐるぐる回っていると、ヒカリエの駐車場入り口を見つけた。東横線沿線に住む者としてヒカリエはこれまでに何度も利用したことがあるが、駐車場が備わっていることは初めて知った。考えてみればあって当たり前なのだけど、これまで車でヒカリエに行く用事が一度もなかったのだ。

僕は渋谷の地下に新しく秘密の入り口を見つけたみたいな気持ちになって少し高揚した。行ってみるとわかるけれど、ヒカリエの駐車場の入り口は建物の表からは全く見えず、見つけるのに少し苦労する場所にあって、そういうのは萌える。今となっては珍しくもなくなった機械式のパーキングシステムもいい。自分がSF映画の中に入ったような気分になる。ここまで話して気がついたが、おそらく僕は地下駐車場が好きなのだと思う。

地下駐車場は好きなのはけっこうなことだが、高い駐車料金はいただけない。1時間の駐車料金は800円とある。都心、しかも渋谷のど真ん中としては良心的な金額設定だと思う。それでも高い。1時間分の料金をチャラにするためには3000円以上の買い物をしなくてはならないとある。今買わなくても、近々確実に買わなくてはならないモノ、例えば米や醤油を買えば駐車料を実質ゼロ化できる。幸いヒカリエには食品売り場があって米も醤油も売っている。

しかし、僕の目は食べ物ではないものに引き寄せられた。見ての通り、青が美しい和物の皿である。適度な厚さともっちりとした手触りが何とも心地よく、手に持ったら離せなくなった。ブランドは愛媛の砥部で、実は湯呑みや茶碗など、いくつかのアイテムを持っている。基本的に何でも西洋のモノが好き(というより和物が嫌い)な自分としては、かなり珍しいセレクションである。

手提げ袋を「いらない」と言って、シールで済ませた。マイバッグを用意していなかった(買い物をするつもりはなかった。)ので、娘を待つまでの間、買った皿を生のまま手に持って、ヒカリエの中をうろちょろと物色して時をつぶすことになった。これも初めての感覚でなかなか気持ちが良かった。奥様方はルイヴィトンの財布を手に、若者らはスマホを手に、僕は砥部焼の皿を手に。誰がどう見ても僕がいちばんクールであるに違いない。

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