ペティナイフ

僕はもともと手先の不器用な人間だが、長い間バーテンダーをやっていたから、ナイフでレモンやオレンジをカットするぐらいのことはできる。当時、バーテンの間では果物用のペティーナイフは輸入物のステンレス製ではなく、日本製の鋼のものが良いとされていて、僕も国産のまあまあ良い値段のするものを買って使っていた。鋼の包丁は、放っておくと錆びるし、手入れをしないとすぐに切れなくなる。そんなわけで、週に何度か砥石を使ってペティナイフを研ぐわけだ。砥石の使い方なんぞ誰に習ったわけでもない自己流だが、長年やっているうちにコツもわかってきて、そこそこ切れるナイフを研げるようにはなった。

写真のペティナイフの存在を知ったのはわりと最近になってからのことである。フランス製の、その辺の輸入雑貨屋などで簡単に購入できる代物。値段も1000円もしなかったんじゃないかと思う。これがめちゃくちゃ良く切れる。見ての通り刃がギザギザになっていて、あまり使えそうな感じはしないのだけど、トマトでも何でもスパスパ気持ち良いように切れる。その上にどれだけ使っても切れ味が全く衰えない。メンテも全く必要ない。

寿司屋や魚屋の職人さんとかが仕事で使うために高級な包丁が必要なのはわかる。素人がリンゴの皮を剥いたり、にんにくを刻んだりするために使うならコレで十分だと僕は思う。バーテンダーも(もちろん程度によるとは思うけど)街場のバーでジントニックのためのライムをカットするぐらいの作業のために、わざわざ手のかかる鋼の高級ナイフを持つ必要はないように思う。

そう、僕は怒っているのだ。どこの誰かが「バーテンダーたるもの国産の鋼の包丁を使うべし。」みたいなことを言ったせいで、たくさんの時間をしょうもない砥石と共に費やすことになった。生まれてから今まで砥石でナイフを研いで得したことは一度もないし、これから先もないだろう。だいたいにして砥石は重いし妙な存在感があって置き場所に困るのだ。

僕がナイフを研ぐために使った無駄な時間をかき集めたら1週間ぐらいタヒチでのんびりするぐらいになっただろう。つまり、僕がタヒチに行ったことがないのは、砥石のせいだとも言える。タヒチの美しい自然に囲まれて、熟した南国フルーツを食し、褐色の肌をした現地の美女らに囲まれてダンスを踊ったなら、きっと僕は世にも美しい絵を描いたことだろう。そう、僕がゴーギャンになれなかったのは、芸術的な才能に恵まれなかったからでも、努力をしてこなかったからでもない。ひとえにすべて砥石が悪いのである。オレは悪くない。文句は砥石に言ってくれ。

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