最近の口癖は「前にも話したことあると思うんだけど」。これも前に話したことがある気がするが、今朝、茶のための湯を沸かしていてる途中に記憶の扉が開いたのでここに記しておく。
小学校1年か2年だったと思う。体育の授業でラジオ体操の練習をさせられていた。「体を回す運動」の途中で教師から「やめ」の号令がかかった。「ホンダ(僕の本名だ。)くん、ちょっとこの運動をみんなの前でやってみて。」
僕はおそろしく運動神経の鈍い子供で体育は本当に苦手だった。走るのが遅いぐらいなら他人に迷惑はかけないが、球技などでは僕の入ったチームが負けて忌み嫌われるし、本人は真面目にやっているのに、奇妙で予測不可な動きをする様子がふざけているように見えるらしく、笑い者になるのを通り越して怒りを被ったり、体育の授業はまあ控えめに言って地獄だった。
その日のラジオ体操でもきっとまた変な動きをしていたのだろう。教師は「悪い手本」としてわざわざクラスメートの前で僕にその運動をさせるわけだ。公開処刑である。
僕は顔を真っ赤にさせ、体をブルブル震わせながら、校庭に体育座りで整列したクラスメートの前に出て、ひとりで「体を回す運動」をやった。
体を回す運動:両腕で円を描くように体を大きく回す。左右2回繰り返す。腰周辺の筋肉をほぐし柔軟性を高める。
「ホンダくんの運動をどう思いましたか?」
僕の一連の運動が終わった後で、教師が生徒らに尋ねた。僕は顔を真っ赤にしたまま、涙が出てきそうなのを堪え、下を向いて突っ立っている。
「はい!」
イシマルさんが手を挙げた。イシマルさんは学級委員長で勉強ができて、明るく、クラスの人気者で、そして小学生でもそれとはっきりわかるような美人だった。家もお金持ちだったと思う。
「何だか動きがちょっと変だと思います。くねくねしていて。」
生徒たちが顔を見合わせながら「そうだそうだ」と彼女に同調した。
「ふうん。動きが変。なるほど、他には?」
クラスメートはざわざわしていたが、それ以上意見をいう者はいなかった。
「ホンダくん、もう一回やってみて。」
僕はもう教師に殺意を抱きながら、もう一度そのくねくねダンスを披露した。
「みなさんホンダくんの動きをよく見て、ほら、体を大きく動かして綺麗な円を描いているでしょう?とても素晴らしい。このようにすると腰の柔軟性が高まるのです。みんなもホンダくんのように円を作るように体全体を使って動かしてみてください。ホンダくん、戻ってよし。ありがとう。」
今度はイシマルさんが赤面する番だった。生徒たちは「オレも実はそう思ってた。」みたいな顔をして、体を回したり、友達同士で動きを見せ合ったり、僕のことを羨望の目で見るような奴もいた(おそらく僕の妄想だろう。)が、チャイムが鳴った瞬間に、すべてなかったことのように僕以外の者らからこの授業の記憶が消えた。
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ある日、給食の時に、イシマルさんが下を向いたまま大粒の涙をボトボト落として泣いていることがあった。ほうれん草にアレルギーがあって食べられず、それで泣いているらしい。給食は好き嫌いをせずに、よく噛んで、残さず全部食べましょう。というのがルールだった。責任感の強い生徒だったから、学級委員長の立場でそのルールを守れないのが悔しかったのか、あるいはこの不幸を受け入れられず悲しかったのか。
今にして思えば、その時に彼女の机のところに行って、ほうれん草をムシャムシャ食べてやればよかった。その頃の僕は内気で、暗く、自分のことだけで精一杯のダメな少年だった。(そしてほぼその時のまま大人になった。)
ラジオ体操を真面目にやっても、柔軟性のある体にはならない。今年2度目のギックリ腰は患ってからもう3週間になるが、まだ大好きなキックボクシングの練習ができるまでには治っていない。ヨガや整体いろいろやったが、大した効果はない。まあ腰痛は持病らしく、うまく付き合いながらやっていくしかないようだ。
ほうれん草は好きでよく食べる。葉酸が体に悪いという人もいるが、ここまで生きられたんだからそれで多少寿命が縮んだところで問題ないと思っている。特にインド料理のほうれん草とチーズのカレーが好きで、こうやって話をしている間にも食べたくなってきた。