HEY SONG

ヘイ!

ヘイ!

ヘイ!

ヘイ!

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アイコがリズムに合わせてタイムシャウトする。下北沢がこれにすぐさま反応し、4回目の「ヘイ!」で完全に同期する。汗に濡れた前髪の隙間から輝くアイコの目はすでにトランスして焦点はどこにもない。

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どちらかといえば地味だけど、実直で職人タイプのギタリストだと最初は思っていた。それが初ツアー=大阪のステージで何の前触れもなく暴れ出した。あの夜、BimBamBoomのフォーメーションが変わった。それまで事実上ワントップだった前田サラがアイコの爆発に驚いて苦笑いしたシーンが忘れられない。

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今やアイコはBimBamBoomのアジテータだ。

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マリーヌの身体はシャネルの赤いルージュでできている。彼女が弦を弾(はじ)くと男たちは骨が抜けたみたいにぐにゃぐにゃになって、あとはなされるがまま死ぬまで踊り続ける。裏拍にアクセントの置かれたベースがンーダ、ンダ、ンダ、ンダ、ンーダ、ンダ、ンダ、ンダ、、竜のように身をくねらせながら地を這う。

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曲は「ロックンロール」。イギリスのグラムロッカー=ゲイリーグリッター唯一のヒットソングだ。本国ではマークボランを圧倒するほどの人気を誇るグラム界のスーパースターだったが、何故か海の外では全く評価されず、日本ではその存在すらほとんど知られていない。「ヘイ!」が繰り返されるだけのリスナーをおちょくったような歌詞で、地元ではそのまま「ヘイソング」と呼ばれていた。のろいテンポのさして激しくもない曲だが、そのシャッフルは何万人もの酔っ払いの腰を捉え愛されてきた。

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それが時空を超えて今夜、下北沢に降臨した。

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キーボードのアユミが、その清楚で可憐な風貌からは想像できないような邪悪なソロを空間に押し込んでいる。「赤ずきんちゃん」のストーリーが頭をよぎる。美しい少女が表情も変えずに鼻歌を歌いながらオオカミの腹を裂き、石を詰めて湖の底に沈めるという物語だ。

鍵盤の上をはしる彼女の繊細な指先は紅く、口元にたずさえたアルカイックな微笑みは恐ろしくも美しい。

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ヘイ!

ヘイ!

ヘイ!

ヘイ!

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下北沢は母親の腹の中にいる時からこの曲を聴いていたみたいにシャウトポイントを完全に把握している。アイコがさらに追い討ちをかける。下北沢が呼応する。

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ズングダッカ、ズングダッカ、ズングダッカ、ズングダッカ、、アフリカの密教音楽を思わせるようなリズムが地下を揺らしている。山口美代子の耳にはそれはどんな風に聴こえているのだろうか?彼女の中で、もっとたくさんの音が鳴っているように見える。部族がまるごと体の中に入っていて一斉に太鼓を叩いているような。あるいは完璧なまでの静寂か。澄み切った水面に一定の間隔で落ちる水滴の音。いずれにしても導き出される答えは同じ。そう、彼女は演奏しているのではない。彼女が音楽なんだ。山口美代子がリズムなんだ。

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前田サラが脱退のニュースを聞いてファンの誰もが青ざめた。前田サラのいないBimBamBoom。前田サラ以外のサックス吹きのいるBimBamBoom 。そんなBimBamBoomは想像できなかった。

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仮にすげえサックスプレーヤーが見つかったとして、どこの誰かもわからない奴を迎え入れるなんてゴメンだね。オレたちは前田サラのいるBimBamBoomを応援してきたんだ。カマシが来たって願い下げだぜ。

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そんな思いは、コイツのブローがすべて吹き飛ばした。芸名をMisakingArrowって言うらしい。何て呼べばいいのかわからないが、とにかくあれこれKingなのは間違いない。音がデカい。態度もデカいし、スケールもデカい。アルトがテナーになったとか、そんなレベルじゃないデカい変化をバンドにもたらした。

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でも不思議だな。BimBamBoomはBimBamBoomのままだ。前からずっとこんなだったような気すらする。

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工事中の下北沢駅から電車に乗って渋谷で東横線に乗り換える。岡本太郎の爆発している芸術作品の前あたりまで来ると、少し気分がほっとする。長く東横線エリアで生活する者にとって、京王線沿線はアウエー感があってどうも落ち着かないのだ。

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渋谷駅の構内で丈の長いコートを引きずった若者たちが何人か集まっているエリアがあった。みんな何かを待っている様子だった。昔ならナンパということだろうが、そんな感じでもない。電車の中で、あれはきっと、インスタ用の写真を撮るタイミングを見計らっていたのだと気がついた。何を撮ろうとしていたのかのは知る術もない。

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頭の中ではずっとアイコがシャウトし続けていた。

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ヘイ!

ヘイ!

ヘイ!

ヘイ!

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注:「赤ずきん」の物語は筆者の空想のもので実際のストーリーとは異なります。

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