一週間の入院生活を終えて、病院を出た瞬間に頭がショートトリップしてどこか遠くにぶっ飛んでしまいました。旅行で南国を訪れて飛行機を降りた時に感じるムッとした熱気で、自分が異国の地に来たことを認識するあの感じ。
気をとりなおして自宅まで徒歩で帰る途中、今度はまわりの風景がこれまでと違った見え方をしていることに気がつきました。いつも見慣れているはずの街並みなのに、色とか、温度とか、湿度とか、僕の知っているイチョウの並木通りの風情とは全く違う。よく似た形状をしているけれど、ここは僕の知っているホームタウンではない。
あるいは前夜の台風の影響による気圧の変化のようなものがあったかも知れない。一週間を寝て過ごしたせいで、ものごとを感じて捉える能力が一時的に不具合を起こしているのかも知れない。いずれにしても、その朝、僕が感じたのは「気のせい」といったようなあいまいなな感覚ではなく、明確に「ここは違う」と断言できる類いの確固たる違和感でした。「ここは僕の知っている並木通りではない」。理由なんかない。違うものは違うんだ。
同時に、その違和感は決して嫌なものではありませんでした。居心地は悪くない。知らないところに来てしまったという不安も皆無です。むしろそこには時空を超えた懐かしさのようなピースフルなムードも漂っている。
この世には似たような世界が複数あって、何かをきっかけにひとつの世界から別の世界へスリップしてしまうことがある。というような話をSFだか自分の頭の中の妄想だかで聞いたことがあります。科学的には全くナンセンスなんでしょうが、僕はまあ、そういうのがあってもいいんじゃないかと思っています。(もといた世界で突然蒸発した僕をめぐって家族や友人が混乱しているというようなことはあまり想像したくないですが。あるいは抜けた後のスペースに別の世界から来た僕がすっぽり収まったりするのかも。)
まあとにかく、そんな風にして僕の新しい一日がスタートしました。この日はさっそく打ち合わせが入っていて日帰りで成田まで出向いたのですが、この、夢の中のワンダーランドにいるような感じ、心が浮遊してふらふらしているムードは一日中僕にまとわりついていました。
何がびっくりしたって、入院前は緑色だったエアプランツが真っ赤に紅葉していたのには驚きました。やっぱり違う世界に迷い込んできてしまったのかも知れません。みなさんこちらの世界でもどうぞよろしく。