カンヌのパルムドールホルダーにしてタイの天才と称されるアピチャッポン・ウィーラセタクン、2006年の作品”SYNDROMES AND A CENTURY”(邦題:世紀の光)を渋谷のシアターイメージフォーラムで観ました。きのう車の中でラジオを聴いていたら、いとうせいこうが出ていて激しくレコメンドしていたのが気になって、さっそく足を運んでみたってわけ。
正直に言って、見終わった直後の感想は「何のこっちゃら?」でした。タイ本国で上映された際には客席からクスクスと笑い声が洩れてきたそうですが、どこがおかしいのかもさっぱりわかりません。いとうせいこうのトークを聞いて映画の方向性のあたりはついているつもりでしたが、すべての予想を裏切られました。こんな作品観たことありません。「映画」という手法を用いた新しい種類のアートと言ってよいのではないかしら。
と言うと前衛的で難解な現代美術を思い浮かべるかも知れませんが、それともまた違うんだよなあ。僕の乏しい言語能力では、とても表現することができません。いずれにしても「理解」するものではなく流れに委ねて「感じる」ものだと思いました。
ストーリーはとてもゆっくり流れます。でも不思議と退屈はしません。夢を見てる感じに近いかな。思えば夢で退屈しませんもんね。
映像は緑がとても綺麗でした。特筆すべきはサウンド。音楽はここぞという場面でしか使われておらず、それぞれのシーンのバックに流れる音が作品をより印象深いものにしています。小鳥の鳴き声、風が木をゆらす音、テニスボールが壁を打つ音(少々脅迫的)、、もともと愛らしいタイ語のセリフも心地よく耳をくすぐります。
誰も死にません。セックスシーンもありませんし、暴力的な場面もありません。
夢に包まれたような気分で映画館を出ました。山田帽子店の前でヘッドホンをつけ、最近お気に入りのホセジェイムスを聴きながら、とりあえずコーヒーでも飲もうかと駅の方に向けて歩き出しました。2分ぐらい歩いたところで、何てことでしょう!世界の見え方が映画を観る前と全く違っていることに気がつきました。
世界はひとつではなく、同じようで違うたくさんの世界がミルフィーユみたいに重なりあっていて、僕たちは知らず知らずのうちにそれらの世界を行ったり来たりしている。というような話を聞いたことがあります。もし僕が今日、世界を移動したとするならば、それは13時20分から105分の間のことだったと思います。
新しいものってまだあるんだなあ。