サザエ

サザエのつぼ焼きがやってきた。サザエは僕の大好物だ。刺身はもちろんだがつぼ焼きがよろしい。あのほろ苦く筋肉質な塊を噛んで飲み込む時の罪悪感にも似た感覚。何ていうか、やっぱり食はエロスである。

サザエはどこまでも美味いが、この部分だけは食べない方がよい。

と箸ではさんだ緑色の部分を僕の目の前でちらつかせながら、友だちの父親が教えてくれた。

僕はたぶん17歳だったと思う。その友だちは黒ぶちの眼鏡をかけたもの静かな少年で、みんなから「カント」と呼ばれていた。

カントの家で夕食をごちそうになったことがある。その日の献立は魚や肉や野菜などを網の上で焼く、いわゆるバーベキューだったのだが、これをマンションの室内で行なうのである。ちゃぶ台の上に七輪だかコンロだかをでんと置き、網の上に材料ならべて直火でじゃんじゃん焼いていくわけだ。部屋の中は前が見えなくなるぐらい煙がもうもう立ちこめてたいへん。父親が材料を焼く係であるらしく、手際よく焼いた肉や魚を僕らの皿に取り分けていく。僕ら、つまり僕とカントとカントのお姉さんは、左手にごはん茶碗を持ち、目の前に置かれたごちそうをパクパクとたいらげていく。

父親はビールばっかり飲んで料理にはほとんど手を付けないのだけど、サザエだけは特別らしく、ゴツゴツに焼けた殻をふきんで押さえ、器用な手付きでずるずると中身を引き抜いて、目をギラリと輝かせ、下くちびるをぺろりとなめてから、おもむろに口に放り込み、咀嚼もおろそかに喉の奥に送り込む。アゴを天井に向け殻に残った醤油を飲み干し、手の甲で口元をぬぐっては、あああと満足そうに声を上げる。

サザエはな。どこまでも美味いけどな。ここだけは食べたらあかんでよ。

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