白いコアラ

木の葉の地面にリスがだらけた姿勢でころがっている。僕の足音に気づき、恥ずかしそうに穴の中に姿を消して往く。その先にもう少し大きな穴が空いている。のぞき込むとコアラ。全身を純白の毛に覆われている。怖がらせないように、静かに手をのばし、その白いわき腹のあたりにそっと触れる。温かく柔らかな触感に指が癒されている。コアラは黒く湿った鼻をもぞもぞと動かして僕の手の匂いを嗅いでいる。そのうちに僕の指を甘噛みしはじめる。思いのほか尖って鋭い歯が皮膚に小痛く心地よい。と、コアラがアゴに力を入れる。おい、君、それじゃ痛いよ。コアラが噛む力を緩める。僕はコアラの頬のあたりのフサフサをくすぐるように優しく撫でる。次の瞬間、コアラが僕の手にがぶりと噛み付く。ギザギザの歯が手の甲に食い込み、僕の脳が激しい痛みを感知する。コアラが唸り声をあげながら激しく頭を左右に振り、僕の手を噛みちぎろうとしている。いつのまにか愛らしい風貌は消え、水を失ってのたうつ鮫のような凶暴な姿に変身している。僕は腕を暴れさせてコアラを振りほどき、慢心の力を込めて地面に投げつける。コアラは3メートルぐらい飛んでくるりと回転しながら受け身を取って上手に着地し、ゆっくりと置き上がって四つん這いになり、戦闘態勢を整えては、邪悪な視線を僕にロックする。

白い獣の動きは恐ろしく素早い。縦横無尽に飛び回り、僕に攻撃を仕掛けてくる。鋭い爪が僕をかすめ、頬や太ももや脇腹に針金で引っ掻いたような傷を作っていく。今のところ僕に勝ち目はない。ただ、獣の攻撃パターンは単調だ。直線的な動きの連続に僕の目が次第に慣れていき、やがて獣は僕に触れることができなくなる。それでも獣のセオリーは変わらない。飛んで跳ね、背後に回って呼吸を止め、気配を殺して最短距離を真っ直ぐに飛んでくる。そのくり返し。結局のところコアラとは正直な生き物なのだ。

たくさんの扉がある。劇場か、あるいは映画館。僕はその男と30年来の再会を果たす。ねえ、君、アゴが溶けてなくなっているね。

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